こんにちは。
前回は、僕の投げやり思考について語りました。
約束通り、今回は
「投げやり思考がどこから来たのか?」
をここで掘り下げます。
この引き金は高校受験の時でした。
評定が思うように取れず、高校は僕の当時の学力よりも2ランクほど下の高校に不服ながら進学したことが始まりでした。
「仮に頑張ったとしても、結果を決めるのは相手があるので、相手がNoならこちらとしてはどうしようもない」
という思い方から、「投げやり思考」が生まれました。
だから、僕の辞書から「頑張る・努力」を消し去りました。
代わりに、「結果が全てであり、結果がよければすべてよし、結果がダメなら全てダメ」というのをインストールしたのです。
その後、この投げやり思考はずっとついて回ります。
20代後半~終盤で、一応シュタイナー学校の先生になる目的でイギリスに3年間留学した時に、シュタイナー学校の先生を目指して僕なりに取り組むのですが、結局担当教官からは、
「あなたは向かないからシュタイナー学校の教員になることを勧めない」
と言われ、
「僕がいくら教員になると言っても、担当教官からNoを突きつけられた以上はどうしようもないし、教官がNoならNoでしょう」
という具合に「投げやり思考」が見事に働きましたね(笑)
「人生、所詮こんなもんだ」
という思いを持ちながらも、
「このまま不服を受け入れ続ける人生はもうイヤだ!!」
というのも出てきました。
次回、nTechとの出会いで、どう克服したのかを語ります。
2019年6月30日日曜日
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