2019年7月25日木曜日

虚構の外に出なければ、虚構は理解できない

nTechと出会った当初、私はこのコラムの話を理解することができませんでした。

何で自分たちは人間なのに、人間以外のことをいちいち考えないといけないんだ?

と思っていたからです。

しかし、これこそがかなり傲慢だったことが今ではわかります。

自分が人間だというのも思い込みであり、虚構なのです。

虚構の外に出なければ、カエルや猿を理解することはできません。


■■コラム なぜ情報知識を整理整頓する必要があるのか?(2)
前回のコラムでは「主観的独断」ではなく「客観的観察」による整理整頓の必要性をお伝えしました。
まず主観的独断とは何か?
ひと言で言えば、人間の5感覚脳で観察することが主観的観察であり、これを主観的独断と言っています。
例えば、氷雪地帯にいるイヌイットの人と赤道近くにいるアマゾンの人、春夏秋冬のある日本人の経験は全く違うのでそれぞれ主観的な観点を持っていると言えます。
しかし、その3人が地球の外に出て地球や太陽などの星の動き、大きさ、形などを観察したら物理的には3人とも同じに見えるはずなのでその観点から見れば、物理法則は客観的だと言えます。
しかし、例えばカエルや猿が地球の外に出たとしたら人間と同じように見えるでしょうか?
動物の脳と人間の脳は違いますので、見え方も異なるはずです。
つまり、人間の脳で見ているから地球や太陽はあの大きさ、形で見えるし、あの動きをしているということです。
つまり、物理法則を客観だと言うのは人間の独断であって、客観ではなく人間の主観的な思い込みということになります。
人間の5感覚脳を基準点として情報知識と出会って整理整頓するのは実は傲慢なことなのです。
人間の5感覚脳には認識の癖があり、それを越えない限りは、人間の主観的独断を越えたことにはならず客観的観察とは言えないのです。
では、客観的観察とは何でしょうか?
シンプルに言えば、宇宙全体の仕組み自体の成り立ちをひとつの動きで説明できることです。
それができたときに客観的観察もできたと言えます。
言い換えれば、カエルや猿と人間が見ている時空間・存在を共通の1パターンの仕組みで整理整頓することです。
多様な情報知識も共通の1パターンの仕組みから全てを整理整頓し自ら発信することができます。
また共通の1パターンの仕組みは、脳が認識できないという意味で「無」と表現していますが、そこから時空間・存在である「有」が生まれる仕組みを説明できるのが認識技術です。
「有」は1パターンの動きから観れば、ほんの一瞬の錯覚と言えますから知っている世界から自由になれますし、いつもスッキリな心で生きられるようにもなります。
宇宙の根源は1パターンの動きしかない。
すなわち、人間と人間の宇宙は実在しない。
ゼロ感覚を取り入れることです。
ブログにも記事を書いていますのでぜひご覧ください。http://blog.noh-jesu.com/entry/2016/12/21/02

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