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正しく知るとは?③
私たちはよく「知ってる」と言いますが、そもそも「正しく知っている」とはどういうことなのでしょうか。
何かを「正しく知っている」というためには、まず「正しく知ること」についての明々白々な定義が必要です。しかし、今まで正しく知ることに対しての明確な定義がされていません。なぜならば、宇宙自然の根源を知らない状態では、この定義が不可能だからです。
観術では、正しく知るとは、「どこから、どこまで、どのように知ることが、正しく知ることなのかをわかっていること」と定義しています。「どこから、どこまで、どのように」という正しく知ることの三つの要素が入っていない知識は、観念、思い込みであり、独断的な知といえます。
この定義はすべての「知」に対して適用できるものです。多くの人はこのような「正しく知ること」の本質的意味について、学校教育や社会の中で深く学ぶこともないまま、よくわからない状態で考え、行動しているのではないでしょうか。
出発が曖昧だと、全てが曖昧
その曖昧な中で人生の中で正しさを決めつけて生きることは争いしか生み出さないように思います。
出発が曖昧だと、全てが曖昧
その曖昧な中で人生の中で正しさを決めつけて生きることは争いしか生み出さないように思います。
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